奈良県中部。古くから街道沿いの宿場町として栄えた橿原市八木町。江戸期の街並みが保存されている重伝建地区の今井町に比べて規制が緩く、旅籠から明治・大正期の古民家、戦後の昭和レトロな店舗併用住宅まで、バラエティに富んだ年代・様式の建物が混在した生活感の溢れる地域です。しかし規制が緩いと同時に特別な保護政策もないため、近年は昭和期以前の建物の取り壊しが相次ぎ、駐車場やハウスメーカーのプレファブ住宅、賃貸ハイツから成る均質な街並みへの移行が急速に進んでいます。
お施主様は八木町の豊かな街並みや古い民家の保存・活用に寄与しながらそこで実際に生活したいという強いご希望をお持ちでした。地域のまちづくり活動を担うNPO法人の協力もあり、空き家のまま放置された大きなニコイチ長屋の片側を譲り受けて改修することになりました。
このニコイチ長屋は昭和の戦前期に5軒並んで建てられ、住み手や住み方の変遷によってアレンジを加えられつつ約100年間維持されてきました。1軒は数年前に解体撤去され、残った4軒も老朽化が進んでいます。特に今回改修を行う建物は約30年間、窓を締め切ったまま放置され、漏水・腐朽・蟻害による損傷が進んで廃屋の一歩手前といった有様でした。
⾧屋の東半分をスケルトンまで解体してベタ基礎を敷設、柱梁を入れ替え或いは継ぎ接ぎし、西側の隣家が解体撤去された場合でも十分な耐震性を確保できるよう構造補強を行いました。特に傷みが激しかった下屋と玄関は一度全て解体して、まだ使える部材を吟味し再利用しながら組み直しています。南北の庭に開いた風通しの良い居間を中心に回遊性の高い間取りに変更し、床・壁・天井に断熱施工、設備と外部建具は全てやりかえ、木製建具は出来る限り補修して再利用しました。
古い素材やつくりかた、空間を捨て去って均質な大量生産品で家や街をつくることは容易ですが、一度失った文化の積み重ねを取り戻す事は出来ません。古いものを読み解き、新しい住み方・考え方との接点を丁寧に探ることで過去と未来をつなぐ住まいをつくり、それがやがて街の在り方にも何らかの影響を及ぼすことを願っています。
同時期に建てられた5軒のニコイチ長屋。各々の持ち主によりアレンジを加えられつつ4軒は現存するが傷みが目立つ。1軒は既に2区画の住宅に建て替えられている。朽ちかけた高塀を撤去して庭を拡張。大屋根は劣化した瓦と土を撤去し、お隣と高さを調整しながら葺き直し。樋も排水ルートを見直して半分だけ更新。
左手の駐車場は舗装せずダイゴンドラ種子撒き。右手は四つ目垣で緩く仕切って街並みにも緑が溢れるように。シンボルツリーは橘。1階は漆喰塗り。2階はお隣と板幅や押え縁の間隔を揃えて製作した焼杉貼り。足元が朽ちて危険な塀を撤去して、開放的なアプローチに変更。
既存の意匠を踏襲しながらペアガラス化したおたふく窓。奥の庭まで視界が抜ける。
右手の入口は納戸を兼ねた家族玄関。玄関と下屋は一度解体してベタ基礎を打ち、状態の悪い部材を更新しながら組み直して耐震補強。鬼瓦はクリーニングして再利用。 巣箱のイメージで作った一本足のポスト(伝書箱)。表札・インターフォン兼用。
構造補強・断熱補強を施しながら洋間+和室を大きなワンルームに更新。
キッチンは間取りに合わせて変則的なL型ペニンシュラで製作。玄関から居間、庭まで見渡せるレイアウト。キッチン面材はサペリ。濃い古材と白い新設材を中間色で取り持つ。 キッチンの内側と外側で二重の回遊性を設けて収納や家事動線の自由度が高い間取り。
たくさんの蔵書のため階段周りに本棚を造作。左手の階段上は文庫・新書・コミックなど奥行きの浅い開架ライブラリ。右手の階段下は単行本・雑誌など奥行きの深い書籍を納める書庫。コミック・文庫の収納には階段の蹴上げがちょうど良い高さ。
2階は個室とクローゼット。床板は吉野杉。右手の子供部屋はしばらくオープンに使い、既存引違戸を補修・反転した引分戸を嵌めて将来の分割に備える。天井には寄棟の複雑な架構。壁・天井を白く塗った明るい空間。
主寝室は畳敷。南面の窓の先には田畑が広がる。
古いバルコニーを撤去し、下屋はガルバリウム鋼板で葺きなおし。縁側のある庭は子どもたちの遊び場、菜園、物干しなど暮らしの場として多目的に利用。